2015年12月31日木曜日

年末お知らせ

☆ 2015年も、あと残すところ数時間となりました。

時間の概念も、徐々に、物質世界的にコンタクトを互いに取るタイミングを

合わせるのに便利なスケールツールくらいの概念へと変化しつつあります。

今年2015年5月〜ブログタイトルを『意識拡張ぷろじぇくと!?』へと

改名更新しましたが、来年2016年、またまたブログ名を改名更新します

予定です。


それでは、古き良き慣習のご挨拶では、ありますが、どうぞ良いお年を〜♪



    

2015年10月1日木曜日

神のパズル^^

先日、記しました ゲマトリアによる方程式の表現…には、まだつづきが 在ります。

『 PSALM139+ PSALM1』すなわち 139+1

と、ゲマトリア三角数153 より導き出される方程式には、

もうひとつの式が 隠されて在ります。

イエス・キリストが、弟子達にお命じになり、網をおろしてみると、

「153匹」もの魚が かかったという話に謎られて在るものには、

「139+1」にまつわる方程式が、もう 一 式、秘められて在ります。


   『 採れた魚を ダビデの歌で、篩(ふるい)に かけよ。』


その答えに関しましては、え〜^^気が 付かれた 方から、アハ体験!

を、ご堪能くださいませ。


ヒントは、『 初めは、良き数であった。』



本日、たまたま通りすがって、なんのこっちゃ?な方は、

先日9月 UP の『ゲマトリアによる方程式で表現』をご覧になった上で、

『聖書の数学ーその驚異』というサイトを ご参照くださいませ。



なお、ゲマトリアによって象徴される数の概念の世界は、二元性の世界での

ストーリー遊びの様なものでもあります。

そこは、また命がけの遊戯の世界。

悪役が在るからこそ、ヒーロー、ヒロインが、輝ける…。

悪役が 黒光りしている程…。

 観客も たのしめます。

悪役もまた、舞台を、役を降りれば、輝く存在です。

そんな輝きなんてない ただのエキストラだよォ〜

いえいえ、通行人といえども、想像の主なる神は、こだわられます。

輝き目立つ通行人としてまかり通るか、

観客の誰の目にも留らぬ通行人として通るか、

舞台を降りた時、想像の主なる神より、ナイスなリアクションだった。

次は、これをやってみないか?

と、お声をかけていただけるか否か?

あるいは、自身で、カメラをまわしメガホンを取る きっかけをつかめるか?

否かは、そこのあなた次第なのだと思います^^

なによりも 自身のストーリーを たのしむという事。

どんなストーリーを 生きるのか…?

毎瞬、毎瞬、が 選択だったりもしますが、

あなたというストーリーを生きられるのは、あなたしか在りません。

今…という瞬間を どうぞ 大切に、ご堪能を。

2015年9月30日水曜日

ゲマトリアによる方程式で表現

2015年5月…扁桃腺が腫れて熱が出て、声が出なくなった時…

能天気にも、139を歌う為の 低い声を造り出す為だ…

…なんてな事を 思いました。


従来なら、何か罰が当たったのでは?と不安になったり、

賛美歌を歌う事への 闇の妨害が入ったのでは?とか、

ひと昔の自分なら、そんな解釈を 採用していたと思う。

のですが、熱が下がった時点で、少し声が出せる状態の時の

ガラガラ声が、見事に低くて…。

この低い状態を鍛え上げれば、139を表現するのに

すごくベスト^^♡ という心情を得たのでした。

浮かんだのは、無理なく行えるトレーニング。

トレーニングというよりは、日課とした ちょっとした発声習慣。

ほんのちょっとした事のチミチミ積み重ねレッスン〜

〜まぁ そんな所でしょうか。

あと、発熱中に浮かんだのが、PSALM1は、詩編139と並べ組み合わせる事で、

『 聖書に秘められた深い心 』を 発言する事が 可能になる…

というインスピレーションでした。

ハテナ??ですよね。

ええ、わたしも熱から覚めて、なんのこっちゃ?でしたが。

もひとつ、脳内をグルグルと リピートしていた『ゲマトリア』という言葉が 気になって、

検索してみました。

で、当時のグーグル検索で、直にたどり着いたのが、

『聖書の数学ーその驚異』というサイトでした。

今、現在、『ゲマトリア』で グーグル検索すると、

占い系のサイトが 目につくかと思われます。

イエス・キリストが、神殿で 商売をしていた者達の屋台を壊して回られた…

とう行為が 何故在ったのかをここで、思慮深く見つめ直す必要があるかもしれません。

で、キリスト教の読み物サイトを訪問してみますと、

ドーンと以下文面が飛び込んで来ました。


『聖書の数学ーその驚異』より 〜 引用 〜


キリスト復活後、弟子たちが主のお言葉通りに
網をおろしてみると、「153匹」もの魚で網がいっぱいになった。


「153」は、三角数「トライアルナンバー」

三角数は、1から始まり、3(1+2)、6(1+2+3)、10(1+2+3+4)・・・と続く。

153は、17番めの三角数…との事。




また、153は、数の3分の1を代表する三角数であり、3で、割り切れる数であれば
どんな数字でも、各桁を3条して足す〜という立方体化という作業を施してみると、
かならず、153という数に帰結するのだという…。



興味のある方は、『聖書の数学ーその驚異』のサイトへ 赴き、お読みになってみてください。

ただ…わたくし個人としましては、『悪は、滅びる』という言い回しに込められている

ニュアンスに、いささか別視点を持っておりますので。


『聖書の数学ーその驚異』 を綴られているサイトの方には、申し訳ないのですが、

純粋に今語られているキリスト教の信仰の宗教的な事の一部は、かなり歴史と共に、

歪められてきている…との印象を抱いております。



聖書において、頻繁に、

キリストの御言葉では、悪を行う者は、私の外にいる…という表現が 成されております。

なので、悪が 滅ぼされて、義が 救われる… のでは、なく 

他者への悪を為したという罪悪感や因果の法則により自滅する者が出る…か、もしくは、

悪と善の認識が、根源的な『愛』の在り方に目覚め…。

善悪の概念が、成り立たなくなった上で、根源的な『愛』により、

他者に害を成す『悪』的なものが 存在しなくなっていく…。


それは、もうなんか悪いな〜と思ったら、根源的な『愛』の心情の目覚めにより、

もうそれを働かなくなっていく…

という事でもあります。


そう受け止めた上で、この場にて語らせていただきたいかと思います。

あと、根源的に存在している144,000−ですが、

宇宙の歴史を紐解いた時から視点から観ると、

イエス・キリストとして具現化した存在の流れと共に、

宇宙より太陽系地球に飛来した者達でもある…という情報もあり、それが、

わたくしが、内に抱いて来たヴィジョンとも合致しておりまして、

その情報に、うなずいていたり致します。


で、話題は、『 PSALM139+1 』に 戻ります。

楽曲のタイトルは、『 PSALM139+1 』に納まりましたが。

内容としましては、『 PSALM139+ PSALM1 』



検索したサイトにて、その方程式のヴィジョンは、導かれて引き出されてきました。

まず、139+1=140 ハイ? なんのこっちゃですよね。

で、網にかかった…153匹の魚

イエス・キリストの時代は、占星術的にいえば、魚座の時代…

ここ、味噌 〜! ならぬ 塩味です。

153—139=14 

139は、詩編で、イエス・キリストの血筋の出生に

大きく影響を与えているダビデ王が、

神、ヤハウェ(イェホヴァ)に 捧げた詩の一編だと伝えられて来たそうです。

偶然か否か、たまたま数ある詩編の中で、139番目に編集されて来ました。

で、ここで、浮かんできたのが、14×10=140

つまり、網にかかった…153匹の魚を ダビデの詩で 篩(ふるい)にかけよ。

篩にかかられた者の内、

    真に『 PSALM139+1 』を 歌える者…140名と…




ゲマトリアにおける数字10は、特別な意味を持つ数字として在り、

拡張の意味と役目を担っていると解釈されています。

で、次に浮かんで来たのが、153から→135…これもまた三角数。+アナグラム

インスピレーションによれば、ちょっとした言葉遊びなんだそうです。

で、139ー135=4 他に竪琴の名手でもあった ダビデの心を汲む者…4名


14×10+4= 144 にイメージが 冠って行く 『rightous』という単語
                       
               れんちょく
『rightous』の訳としては、廉直者 というニュアンスが ピッタリしっくり。

アルファベット26文字を ゲマトリア変換した ピュタゴリアンシステムで、算出すると…

R=9 I=9 G=7 H=8 T=2 O=6 U=3 S=1

9+9+7+8+2+6+3+1=45

45=(3×3) ×5 

3+3+3+5=14 … に帰結できる。



ここで、サイトの『聖書の数学ーその驚異』の筆者の方も語られている様に…

144は、象徴としての数で

×10×10×10= 10の3乗で、144,000- という数字が 現れる 所が ミラクル味。


『ヨハネの黙示録 14章 十四万四千人の歌』に在る様に…。

興味のある方は、読んでみてください。



  まさに、彼の方程式は、なんと 芸術的なことか・・・。










2015年9月23日水曜日

完成!『PSALM139+1』



5月に 作曲し始めた曲が、完成しました^^

 制作にあたり、

ゲマトリアによる方程式の表現を入れる…
というコンセプトが インスピレーションに来ました。

PSALM139は、竪琴の名手でもあったダビデ王が 神に捧げた詩だと伝えられています。

エレキギターの伴奏での曲づくりでしたが、… ダビデ王が、

聖書を英訳したジェームズ王とあちらの世界で、デュオセッションしている…

というアイデアが ひらめき…それを表現してみました。

願わくは、より多くの人々への福音ともなれば幸いです^^v

2015年7月20日月曜日

新文明創造プロジェクト始動!

たぶん今この瞬間〜さまざまな次元で、躍動し始めている…数々の流れが 在って…。

やがて、各々の流れに添って導かれ、出会い、結びついて大きな流れとなっていく…。



あるいは、様々な色の糸が 絡み…もつれながらもやがて、梳き束ねられて 縦となり

横となり編み込まれて1枚の色鮮やかな 布に織り成されていく様に…。


 このブログを読んで下さっているあなたは、今 どのようなパラダイムの中で、

どのようなヴィジョンを その先に観ているのでしょうか?

パラダイムについて、もしも今 ひとつ良く解さない…んだけど…

そんな場合は、どうぞ^^ → 『 パラダイムとは? 』   ※参照:アセンション アテンションプリーズ!?



それで、ですね^^ 今年1月元日 『突入2015年!』で、語っておりました…

わたくしの一つの課題として感じられていました事 (=5次元の地球のブループリントの

現実への投影というワークに向けての様々な勉強 )と、その学びの道すがら出会った仲間達

と、立ち上げる事になったプロジェクトが、ようやく…スタートラインに立つ所へと形に

なって参りました^^

その名も『 新文明創造プロジェクト 』この度、ホームページを 制作しましたので、

ご案内します。            http://way-to-peace.org

当プロジェクトは、主に、『スピリチュアル』という言葉自体に アレルギーを 持ってしま

った人々に向けて、その心に呼びかけるアプローチを心掛けています。

なので、宗教的、霊的 な事には、極力触れない傾向を 持たせております。

シンプルに… ただ『愛』の様々な姿を映し出し、その『心』に呼びかけるという

アプローチです。…その『魂』に目覚めてくださいと…。


と、同時に、『スピリチュアル』に生きている方々にも、改めて、別方向から 見える

ヴィジョンからも…学んで観る姿勢を… 新たな視野を 持ってみる事に、

トライして頂けたらと…願っております。



『 想像してみてください…。』

わたくし達すべての存在の根源たる全宇宙の創造の源なる主 が、

わたくし達の想像を絶する方法で、その姿を 体現していく様を…

それは、これまで 人の手によって編集されて来てしまった聖書や仏典やコーラン

その他の予言すら 超越 する方法すら用いられる可能性を…。


NCCP=New Civilization Create Project  〜 新文明創造へ向けて 〜






 《  無償の愛の循環  》

今の世の中が、自然界のように愛だけで巡ることが出来たらステキだよねっ♪

地球を愛するすべてのものたちに届けたい愛の物語。。。:;(∩´///`∩);:

♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚­゚・*:..。♦

**概略**

ある晴れた日、主人公、愛美(まなみ)は、謎の人物と出会い、地球の現状を知らされる­。
と同時に、まるで夢物語のような世界・・ユートピアが本当に存在するのだと、知ること­になる愛美。
謎の人物の話によると、私たちが住むこの地球も、私たち次第でユートピアになる・・変­えられると言う。
一体、いつ、誰が、何を、どうすれば、そんな世界になれるの??

愛美は、これを観ているあなた自身かもしれない・・・。

♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚゚・*:..。♦♦♫♦・*:..。♦♫♦*゚¨゚­゚・*:..。♦

製作//新文明創造プロジェクト 創作メンバー


《『まほらま』第1話 〜お手本は自然の中に 》





♡ 第2話 〜 只今 シナリオ絶賛 制作中〜♪




     




    

2015年7月12日日曜日

汝、人を裁くことなかれ。汝が裁かれんがためなり

まずは、個人的に 自らの 意識拡張を図るプロジェクトとしまして^^

同じく、自分も 意識拡張を更に図りたい…という方々のご参考…にも

繋がれば…そんな思いで シェアしたい事象&事柄などなど

ちょっとずつ 〜 参りたいと思います。


 映画『 蘇 生 』観て 参りました!

5次元のユートピア地球へ シフトしていく為の布石は、幾重にもタペストリーが

既に織りなされているのが 感じ取れて来ました!

そこへ向えるか 否かは、本当に一人一人の改心と共に… どんどん繋がって

心を合わせて 行く段階に来ているのだな^^と思います。



 ええ、で、本日の意識を 広げるテーマ!

タイトルに ございますは、イエス・キリストの御言葉。

『 汝、人を裁くことなかれ。汝が 裁かれんがためなり 』


映画『蘇生』を制作した白鳥哲 監督のブログから学ばせて頂きました。

与えるものが 受け取るもの…。

人は、鏡の様なもの…。

もしも、相手を…どうこうと批判したくなった時は、自らの内のどこかに

その原因がある事を内観して気づくチャンスを与えられているのだそうです。

相手の良く無い所よりも、良い所を 評価する事で、

また自らの良い所も より引き出されて来る事でしょう…。


5次元 ニューアース〜新しき大地が、既に顕現しつつある次元へ・・・

いかに意識を 伸ばしていただけるか?

ひとりひとりが、宇宙の創造&万物の想像の源なる存在へと まっすぐに意識を向け…

人の域も獣の域も無く( 超えてという意味 ) 万物に宿る神聖さに気づき…

自らも 神の子 としての 神性さに目覚め… 

二元性の世界観を克服し、共に建設的に、調和へ向って〜

  レッツ ら GO ダ

どれみふぁそらしど〜♪ 『ら』は、チューニングの基礎とされているトーンです^^

コード変換すると…

C D E F G A B   C 〜♪ (独)語 読みで  ツェー  デー ウー エフ  ゲー  アー  ハー  ツェ〜♪


『バビロン』の教訓に学べ…。

というインスピが 次〜 来てますので、またの機会に^^




      

2015年6月30日火曜日

今 〜 地球に住んでいる人々^^v

* 地球で 輪廻転生を繰り返して来ている方々

『 時の始まりとされる時点より800回以上もの転生を繰り返していると言われている。
                          ( エドガー・ケーシの情報より ) 』


   ☆ 太陽系システムが 創造された時から 人間として誕生した系譜
     何百回という人生を送る事で、様々な事象経験の習得を通して
     魂の成長 および 魂の進化を図る 事が 目的とされている。
     各転生における因果の清算の課題を抱えている。

   ☆ 人間達との関わりで システムに巻き込まれていった
     もしくは、自ら 投身していった地球外生命体の系譜
    ( いわゆる堕天した天使や 地上に落ちた神々の伝承が このケースにあたる)
     人間に関与した因果の清算と転生するごとに抱える因果の清算の義務を負う

*各 歴史ポイントにおけるアセンション(昇天=天への帰還)を サポートする為に
 投下された魂な人々

   ☆ ヴァルカン紀(土星紀)に始まり、各太陽系惑星の世紀に基づいて、下降。
     様々な技術や 芸術を人々に伝授する才能を持って人間として数回の転生を
     繰り返して来ている。
    ( いわゆる堕天した天使や 地上に落ちた神々の伝承が このケースとかぶる)


   ☆ 究極のアセンションイベント(次元上昇) いわゆる2012年前後の100年期に
     渡る壮大なプロジェクトに備えて投下されたサポーターな人々の魂
    ( いわゆる スターピープルもしくは、星の種と言われている人々 ) 
      ① 各 太陽系外の星系からのダイバー達と
      ② 創造主として認識される宇宙根源の生命意識のソースから
        直接 〜 細胞 離別して やって来ている存在との合同( 微生物単位から成る )
       
    

2015年6月11日木曜日

サード・アイ を 刺激しちゃおう!!!



ええ ライトワークしてはりますなぁ〜 (京都弁)と 思った 動画を

今日は、ご紹介。

ええ、橋ノ本は、実は、京都 出身どぇす^^ 現在 〜 愛知県内に生息。

余談どした。では、第1弾! いってみませう。



第1弾 『天使の光』こと  RYOさん のアートワーク



「宇宙とつながる瞑想法」と「宇宙意識の覚醒波動入りCD曲のご紹介」
2011年10月17日 YouTubeアップロード

で、ヘヴィメタル好きで アビスな世界に居た 橋ノ本 有希は、2012年の ある日…
〜この YouTube の『あなたへのおすすめ』で、一気に昇天を果たした・・・。

堕天…帰依する…。それも良し。

放蕩娘… 家に帰る…。そんな感じで^^




では、第2弾!! この動画は、ついぞ 最近〜^^

海外のアーティストさんです。  Source Vibrations

視覚&聴覚で、第3の目を活性化させるのにもってこいバッジグーv

《 432 Hz Ajna - Sound Asanas Album - Pineal 6th Chakra 》

 

 Ajne = 第六のチャクラ 〜 俗にいう第3の目の事ですね^^

フラクタルで、生命的な 視覚&メロディアスなサウンドで、

躍動的な 刺激を与えてくれると感じました。

これは、ストレスで傷ついた DNAリフォームにも 効きそうです。

   やっぱ A=ラの音は、ヴェルディ ピッチの 432Hz  ですね^^

               癒されます


〜 追 記 〜 第3弾!!!

ハタと目が 覚めたらですね、

こうした動画を観て パソコンの前に座っているよりも!

自然の草木〜樹木〜出来れば小川のせせらぎ等

また自然の風、木立の葉擦れ〜 木漏れ日のさざめき等

そうした自然の息吹の中〜大地の鼓動に耳を澄まして

地球宇宙一体化〜な一時を過ごす方が 遥かに良い!

って閃きました^^



ありがたや ありがたや ♡        




2015年6月7日日曜日

感謝^^ 喉 〜 完全 復活!



5月21日 発熱 … 扁桃腺が 腫れて 声が 出なくなった…のも わずか1日の事。

本日、PSALM1ヴォーカル 練習 〜

久々に、無理なく ほぼ 全パート 〜 声が 伸びやかに出た。

コーラスの一番 〜 高域のパートの一部は、まだ少しきつかったが、

無理なくトレーニングを積む事で、光が見えて来る事だろう…。




『 ロゴス 』の存在に … 感謝^^


『ブログ』を 訪れてくださっている皆様にも… 感謝^^








2015年5月29日金曜日

究極的には、自分で引き起こしている…

5月21日に本番録りを予定していた PSALM1

扁桃腺が腫れて、発熱。… 声が 出なくなった。

十年前のわたくしであれば…安易な動機で、聖句を歌おうとして罰が当たったのかも?

とか思っていただろうし、数年前のわたくしで あれば、闇の妨害に遭った…と解釈して

いただろう…。

奇しくも? 2012年 末月〜 わたくしの場合は、パラダイムシフトした。



今現在、橋ノ本 有希としてブログを綴っている〜わたくしが 在るわけですが、

オギャ〜と産まれて来る前に、宇宙根源の創造主なる神さまや 仲間達と、

ダイビングミッションの打ち合わせをアレコレして来ているのかもしれません^^

別ヴィジョンから観れば、『我々』としてある所から『わたくし』という

『自我』の種に分離して、地球へ 行くからには、成長して還って来い〜式に。

種の中に各プランミッションに必要な根本プログラム

および自己学習プログラム搭載で(笑)

運悪く岩場に落ちた種に宿っていた仲間も、

再チャレンジで、第2波後編、第3波とよりパワーアップして

加勢にやって来てくれているのを感じます。もう第4の波も来てる感じですね^^

わたくしの場合は、

絵を描いたり、音を使って演奏したり…という『芸』を この40数年間

ある程度〜積んで来る事に費やされて来た感じですが、

まだまだ産まれる前に立てて来たプランを体現するには、未熟な状態だと

自己確認できた次第です。



『知恵熱』という言葉もありますが…。

病気になるのも、ある状態を知らせてくれていたりするわけです。



例えば、今回のわたくしのケースの場合ですと。


まだ本番 録りするには、上達しきれていない事に 意識が無いまま、

そこそこ歌える様に成ったという思い込みで、録音して、まだ客観的に出来の

良し悪しを見極められないまま、そこそこいいのが録れた…という成り行きで

録音した『 PSALM1』を発表する所であった。


さて、そこで、もしも神さまの元で、事の成り行きを監督している大元の真の

わたくしが居たとして、3次元世界で働いている末端アバターな自分の分身の

様子を観てどう思うだろうか。うん、たぶん、おそらく

『ちょーと待ったぁ!もっと練習を 積んでからにしろーッ』と

なんとしても止めたいと思う事だろう。

手っ取り早いのが、一時的に 歌えなくなる状態を作り出す事。

しかも、まだまだ未熟だという事を

自分自身に悟らせ、かつ、同じ歌うなら、より喉の方も バージョンアップを図りたいと

思うだろう…。他ならぬ、自分自身が そう思っている…という所が 味噌である。

うん、ちょっと扁桃腺 〜いっときますか^^ わたくしの場合は、こんな乗りである。

しかも、仕事のローテの入っていない休日をねらって、ドンピシャリな所が、知能犯。

もとい〜日常生活に優しい?配慮(笑)

さて、問題は、ここからである…。

現在、まだ腫れた余韻で、声が出にくい。出にくいが、一段と低くなっている。

普通にしゃべる分には、声が出にくいが、

『 PSALM139』の出だしを歌う分には、理想的な音程の声が 出し易くなっている。

仕事中の『いらっしゃいませ&ありがとうございました。』の分は、裏声で、

そこそこいつもの接客の声として、問題ない。

さて、普段のしゃべりを裏声に〜と引き換えに、このまま低い声のトーンを鍛え上げる

事は、可能か 否か?  腫れが完全に引けば元に戻るのか?

それとも、まだ腫れてる状態で、少しずつ低音の発生に慣らしていく事で、

低い声と高い声の両方を出せる喉に鍛え上げて行く事は、可能か?

そこは、喉を潰さない様に、

気遣いながらの地道なチミチミ^^トレーニングとなりそうだ。










2015年5月27日水曜日

更なる純度の高みへ…



新曲〜 PSALM1&139 〜 作曲中です。 

 中間報告に動画つくってみました^^

 


『 受難 』… 何が あったか?〜といいますと。声が 出なくなりました^^;

自分の中に歌う事への驕りは、無かったか?…といえば、少しは、あった…。

トライする事に優越感を得ようとして無かったか?と問われれば、少しは、あった…。

偶然の産物… たまたま… という解釈も不可能では、ありません。

毎年、7月くらいに空気が 乾燥してくると、喉をやられて扁桃腺が腫れて、

ひどくなると声が 全くといっていい程でなくなる…というのは、

持病的に抱えてたんですね。

去年は、加湿器のお世話になって、

珍しく病気ひとつしなくなった…年となりました^^が、

今年 5月20日の朝、起きたら、喉が ヒリヒリしてて、やばい… と思ったら、

あくる日 21日 に 熱 38.1度まで 上がりました。

空気が 乾燥してるな…というのは、感覚でも感じてたので、

ちょっと油断してたのも あるかも。

たまたま、仕事のローテが 入ってない休みの日だったので、助かりましたけど。

この日は、PSALM1の本番録りをしようと目論んでいた自分が 居たわけです…。

まぁ以前の例年と違うのは、自然治癒に任せれば大丈夫…という妙な 安心感が

自分の中にドカッと座り込んで居りまして…。

22日の出勤時には、熱も下がり、ガラガラながら、一応〜会話できる〜

まで回復し、現在、まだガラガラ…では、ありますが、もう普通に会話できる

とこにまで戻りました。咳き込みと、声の音程調節がままならない…で、

まだ歌うのは、ちょっと無理が〜という状態ですが。

咳 込むのも、中の出すものを出す 浄化作用ですので。

咳込みで、また喉を傷つけない様に、気をつけながら…ですね。

あとは、無理をせず、コンディションを整えて再練習から…だったりします。


いろいろと反省し直す良い機会ともなり、また新たな学びへの導きも 在りました。

『ゲマトリア』について書かれたサイト記事 『聖書の数学ーその驚異』に行き着き、

5月17日録音の音源を使って 動画を…と漠然と考え出していた時に、

浮かんで来たインスピレーションに、

改めて畏怖する思いと共に、底知れない感動と感激を覚えました。

まぁあの参照記事の方は、クリスチャン側から書かれた主観的な記事で、

わたくし自身は、偏りがある情報だな^^

とも感じたのですが、今回〜取り扱っているテーマが、キリスト教の聖書から〜

という事もあり、そこは、キリスト教徒の方々の立場にも謙虚に立たせていただいて、

改めて、『ロゴス』の存在は、すごいなぁ〜と。

光、音、言葉、文字、色〜すべて繋がっているんですから、すごいなぁ〜と。

1、3、5、7、10、13、135、153、そして144という数字についての

知識と、今回〜動画を創作するにあたって受けたイメージのインスピレーションが

ピタッと数式に当てはまった瞬間は、パッと晴れ渡って開けた瞬間でしたね^^


PSALM… 日本語訳版で、旧約聖書の『詩編』ですね。

たまたま1だから… で、1番に着手していた PSALM1ですが…。

の〜詩の内容がこれまた…。

歌詞として歌ってる Rightous people …ライトアスと 144という数字が

シンクロした瞬間、 天上界で 歌う144,000の群衆の姿が 脳裏に閃いて、

もう真っ白になりました(笑)

144,000という数字は、人数が決まっているというわけでは無くって、

象徴的に天の意に叶う者の群衆という意味を表現しているだと悟りました。

その群衆と共に、『 地(地球)にも栄光を… 』と歌う訳です…。

熱 出てなかったら、先に PSALM1からヴォーカル録りして、

編集発表してたと思います。



PSALM139と PSALM1を合わせて表現…うん。

で、139+1=140という数式が浮かんで 来て、ハイ?

みたいな…その後につづく ゲマトリアの インスピレーションに

ハッとさせられました…。

たまたま、一緒に同時進行的に作り始めてたのが… 詩編139

この組み合わせは、本当に、たまたま〜だったのですよ。

ええ、ですがもうこれは、偶然で …で、片付けたく無いですね(笑)

いやもう熱 38.1度まで上がりましたから(笑) 

熱に浮かされましたから(笑)

ヨコシマな部分をイマシメる〜および〜より洗練精製される〜みたいな(笑)



139は、ダビデ王 が 書いた詩だそうで、神のインスピレーションを受けて、

ラテン語から英語に訳したというのが、イギリスのジェイムズ王 …という事で、

英語版 訳詩=ジェイムズ王 …という感じでしょうか。

それをまぁ、歌にして歌おう…というわけですから、

自ずとトライする事に 気も引き締まるわけで。

もうだいぶ昔なんですね、旧約聖書に目を通していて、『詩編139』を読んで、

ああ…なんかこの詩 いいな〜歌にしてみたいな〜って思ったのが。

それが、ようやく実行して やってみる気になった^^v

というわけなんですが。

今回、声が出なくなって 熱に浮かされている意識に彼方で、

改めて、トレイニングの仕方とか、心構えとか、インスピレーションが、

ウッツラウッツラという感じで、改めて鍛え直す姿勢に万事〜集約して目覚めたぁ!

という感じでしょうか。

ギターも、まだまだ 弾けてないんで…そっちの腕も鍛錬を…(涙目)

うん、でもなんかすごっく嬉しくって ウキウキしてきちゃうんで(笑)

浮かれ過ぎないように、『 真剣 』という言葉の意味もしっかりと柄を握り胸に。

精進して参りたいと思います。












2015年5月22日金曜日

星の彼方へと意識を引き上げて下さった人

『星の種』
わたくしが、その言葉の意味を意識する きっかけを与て下さった人で、
動画を通して〜だけですが… 実に様々な思索へと導いて下さいました。


ドロレス・キャノンさんへ

ありがとうございました♡






綴るのが、今頃…となってしまいましたが、

 他界されたとの情報を、あるサイトで 詳細を知り…

長らく 複雑な思いと 想いで おりました。

その後、他界されたのが、2014年10月18日…

詳細というのも、3次元的な側面で…。

ネガティブなヴィジョンから観ていた自分に気づかせてもらい、

照らし出されて来たのは、ポジティブな ヴィジョンのお姿で。

もしかすると第4の波…となって、再び、地球に いらっしゃるかも?

等という想いも 浮かびました。

まぁそこは、当のご本人の魂と 周辺の事情もあるでしょうから

わからないですけどね^^














退行睡眠療法の直の教え子さん達から寄せられた情報では、
他界された時に、各々、メッセージを 意識の彼方から受け取っていたそうです。
ドロレスさん御本人は、スッごく楽しんでいるそうです。
ご自分が探求して来た事を今まさに!実際に体験(霊験?)しているとの事で。

     
〜 追 記 〜

すべては、わたくし達 の集合意識の有り様で 在り、

個人個人の意識の在り様で、個人が目にしていく世界が 変化していく…

☆ 様々な 恐れから 自らを開放し…

各々に内在して在る 光と愛をみつけ…  いかに体現しあって行く…か?

体現し会っていく、体現し合っていく… 体現し在っていく…。

 それに尽きる… そう感じさせて下さったのが 以下の動画となりました^^


    









2015年5月17日日曜日

意識への 扉 …


♡ 先日の『人間的なお話です^^』では、

お店で働くイチ従業員としての立ち位置から

お買い物に来てくださった〜そのお客さま〜も、

読まれた時の事を 意識して綴ってみました。

わたくし自身の意識を 再確認してみるという事と、

そのお客様に向けて、語りかけるという思いを 形にしてみました。




え、で、こっからは、橋ノ本 有希として 地で いきます^^

イチ店員としての立場から、つまりある種の肩書きですね。

に立って…を意識してみた時の モノの申し方を表現して観てみました。

読んでみて、どう感じられましたか?

おそらく、人によって 受け止めた 印象が 違うのではないでしょうか…。





 更に、意識を 伸ばしてみましょう^^


A:『 おい、客が 来たぞ 誰か出んかぁい!?』 …えーー 例えば、とある商店街の

普段〜店の奥の住居スペースで フラフラとしている ご亭主。


B:『 お客様、こちらのは いかがで ございますか?』


C:『 お客さ〜ん、勘弁してえなぁ これで いっぱい いっぱいですわぁ 』



なんとなく…状況のイメージは、浮かんだりしたでしょうか?

お客様 〜 扱いされた時 の反応…。行き届いたサービス。

お客さん〜と、朗らかな笑顔で 返された時など、親しみを感じる時…。



更に、買物をする側の意識も千差万別。

謙虚な人も あれば、横柄な人も あります。


その時に、どんな意識を持ってそこに在るか…?

それによって、感じ方も 変わって来るわけです。


人間には、おのおの自我という要素が 存在しています。

その自我の存在が 在る為… 人は、さまざまな感情を感じる事が できます。

そんなの当たり前だろぅ… と思うかもしれません。

しかし案外その自我という奴が…これまで取り込んで来た情報から成っている事を

意識できてるか? というと 無自覚だったりするものです。

自我とは、情報の集積回路から成るストーリーの世界からエネルギーを得ています。

自我の奥に自我を超えた自我… 超自我が 存在しています。

その超自我の更に向こう側の彼方に 真の我が座して居て、あなたが 鏡を覗いて

自身の真の姿に 気づいてくれるのを待っています。

更にその奥に潜在意識の世界があります。

宇宙万物の根源意識の世界。

個に分たれたすべての意識が 一つに集積されて 我々として在る世界です。

そこには、もう…もはや 各々の 名前も 一切の言葉も 必要の無い世界です。

すべての音と光と色が凝縮された無色透明の世界です。

ただすべてが 『つどい』集まった至福の瞬間が 存在しているだけです。

その一瞬の瞬間は、永遠です。

ワンネスに目覚めるとは、その根源の意識に到達する…あるいは、一瞬でも触れて

自身は、その一部だと感じたという事です^^

その気づきは、各々の枠(パラダイム)に応じて、各々のペースによる各々の導きにより、

誰でも必ず訪れる機会を得る事になっています。

外に探してもそれは、みつかりません。

何故なら、あなたの『 魂 』の世界の奥に、永遠への 扉は、隠されているからです。














2015年5月7日木曜日

すごく人間的な お話です^^

『 意 識 』拡 張 をめざす!

その一歩として、さまざまな意識を 浮き彫りにしていく…という

どうやら、そんな出だしになりそうです。



現在、もう10年 近くにもなる稼業としてですが、

スーパーの店員として お仕事やってたりしています。

主な業務は、レジ担当。

で、実に色々様々な お客様が お買物に いらっしゃいます。

前のお客様が、ちっちゃなビニール袋に1円玉 入れてあった…のを、

落されていたのを、次のお客様が、みつけて 拾われて これ落ちてたわよ…と。

で、あ…これ 前のお客さんが 持ってたやつだ…と、

先程、そこから小銭トレイに1円玉 出されてた記憶が…で、

あわてて、前のお客さんを探す、入り口付近に 後姿を発見!

で、急いで、落されたお客様を追っかける。

で、お渡しして、お待たせしてしまっていたので、急いで戻って、

拾ってくださったお客様の お買い物を レジに通して、

御清算〜と、その時にですね。

なんだか、すごく不機嫌な顔をされてしまって。

どうやら、落された お客さまに お返し〜 した時にですね、

こちらのお客様が 拾って下さいました! というのを一言、伝えて

もらいたかった… ご様子でした。

「 あれじゃ、まるで あなたが 拾ったみたいじゃないの。」とこぼされていたので…^^;

ハァ^^; 

『 至らず、申し訳ありませんでした…。』とまぁ、その場は、頭を下げて、気持ちは、

納めていただけたのかな?…どかな? ちょっと根に 持たれてたのかな…?

後々まで その事を、わたくし自身も ずっと、ひこずってしまっていた状態で、

それをここに、綴るまでに なりました。

その時に『手柄を 横取りされた… 』みたいな言葉も 脳裏に伝わって来た感があったので。

ハイ? みたいな…^^;

アレでしょうか? そのォ小銭といえども お金は お金…それを 拾ってあげたのだから

当然 … その手柄に対して、お礼を言ってもらえて当然…という意識を、そのお客様は、

抱いて いらした…。 

故の反応だったのかもしれません。


当の わたくし自身は、といいますと、皆ひとつ…という感覚 なので、

誰が 何をした、どうした…というのは、もう解り切っている事なので、

いちいちもういい… という意識といいますか。

そんな事は、もう どうでも いい事なんですよォ〜という意識になっていたりします。


うーん、それでも 気持ちは、伝わって来ていましたよォ〜

まぁ、自我における 自尊心は、一方で エゴを孕んで 働いていたりします。

とある枠の範囲内から来る エゴ『 意 識 』ですね。

『 拾ってあげたのだから … お礼を言ってもらえて 当然… 』

という枠が 在ったから… 故の反応。

それが、自分に向けられなかった事への 疎外感から

そのお客さまは、自尊心が 傷いてしまった。

その方は、不愉快な 気持ちになって しまわれた…。

そうした『 意 識 』への配慮…といった『 意 識 』もまた 必要なのかもしれません^^;


と、同時に、

そうしたエゴ『 意 識 』に 捕われない…


エゴ『 意 識 』からの『 開 放 』…

それもまた、『 意 識 』して 参りたいと思います。


うーん、色々と 人間 〜 面倒な面が ありますね^^;

だからこそ、素晴らしいのかもしれません。








2015年5月5日火曜日

ブログタイトル変わりました!

2014年5月にスタートしました『アセンションアテンションプリーズ!?』

この旅、この度、ブログタイトルも 改め、

2015年5月5日 本日 〜 『 意 識  拡 張 プロジェクト!? 』として

新たに スタート致します。


 えー 『アセンション』とは、なんぞや?…を 問い始めて ここにやって参りました

わけなんですが、2012年 末 … パラダイムシフトは、したよね…うん確かに…。

自分自身の内面における世界観の枠は、それまでにあった世界観が 崩壊し…。

なんとなく新たな次元へと俯瞰が 広がった観から改めて見つめ直してみますとですね。

これって、意識が一枠〜 拡張したって事の様だ〜どうやら…という。

で、根源と向かい合ってみますとですね。更に 広がっていく事が…どうやら、

次元上昇 の 道筋だ… というのが 見えて 参りまして。

ハイ…。とりあえず、自己の意識 拡張 … 図ります。



で、今まで、マルチクリエイターを目指す!→ から、マルチクリエイターやってます!

更に→マルチクリエイターとして、自己をアーティストとして創り上げていく…

とか なんとか なんだかもう…いちいち面倒な 思考回路まで 働く様になっていたり

致しますが(笑)

根源への回帰を目指しまして…マイペースに参りますが。

今後とも、どうぞ 増々よろしく!なのです^^


2015年4月30日木曜日

お知らせ^^


ご訪問&ご拝読 どうもありがとうございます。

『 アセンションアテンションプリーズ!? 』ですが、5月5日をもって終了。

終了後も各ページは、そのまま残りますので、いつでも お読み返しいただけます^^

 そして、新たな スタートが 始まります!!

5月5日に ブログ名を『 意識拡張ぷろじぇくと!? 』に 改名 致します。

ブログの URLは、そのままです。

わたくし 橋ノ本 有希 〜 多忙の合間、お絵描き人:涼野 那須夏として お絵描き、

および、音楽家:月下離人としまして、作曲および 表現の為のトレーニングの日々

も〜 送ります…という事もありまして^^

ブログの内容は、極めて簡素に、単純化を辿る事になっていくと思われます。

まずは、わたくし個人レベルから

自身の意識拡張を図って行く〜というスタートになります。

それがですね、縁 在りましてこのブログに触れていただいた方々においても〜

意識拡張〜 すなわち アセンション(次元上昇)の ご支援 or お手伝いにも

繋がっていければ、幸いに思います。

心より、より良い可能性へ 向けて、発信して参りたいと思います。

どうぞ 今後とも増々 宜しく!



2015年4月20日月曜日

次元のお話3〜4次元

お久しぶりです 有希です^^
マイハイヤーセルフと語る『次元のお話3〜4次元』な お話 〜

執筆できるまで、随分と間が 空いてしまって…ました。
なんだかもう書く必要性を だんだん感じなくなって来てしまって、
それよりも… もっと大切なナニか…って、そちらにどんどん意識が
いってしまっていたんですね。

それでも、かつての自分と同じ様に、漠然としていてスッキリできないで居る誰かの
役に立てるかもしれない…と、綴らずには 居られなかったのだね。

ええ(笑) 要らぬお世話…なのかもしれない?そう感じつつも、
自分自身も漠然としていた時に、様々なブロガーさんの様々な綴りに触れた事で、
次の扉への道が開けて来た気がしたり、余計に迷ったりもしてましたけど(笑)
何かの手がかりなり、ヒントに繋がれれば いいのかな?ってな 思いもありまして…。


その手がかりは、まっすぐに、内なる源へ 求めればよかったのだよ。

複雑な内容を伝えていく事になる…だから、十分に整理しておきなさい…。
そう勧めていたハズだが(笑) 
その端から随分とあちらこちらへと気持ちを散らかってしまっていたね。

いろいろと、抱え込み過ぎてました。
肝心な事が見えなくなってしまっていたんですよ。


いろいろと、気を散らしてしまっていたね。
もう大丈夫かな?
今日は、3〜4次元の話だったね。

ええ、でも一般的には、5次元について、どう解釈されているんだろう?
って、気になって検索してみたりもしてたんです。


ほうら、そうやって すぐに、先走りして 脱線するから
今、肝心な事が 見えなくなってしまうのだよ。(笑)
肝心事は、外からではなく、既に 内に存在している。
外は、映し鏡の世界でもあるから、鏡を覗いて、顔を観てみる…それは、いい事だよ。
髪の毛に糸くずが ついている… 何処に?どのように?
                    一目瞭然に見る事ができるからね。

肝心な事は、内からの静かなる訪れに備えて、扉を開けて居る事だ。
内なる扉を閉め切っていて、周りの外からの雑音の中に居ては、扉の奥の前に訪れた
答えの かすかなるノックノック(コンコン)…すら聞こえない。

いやはや なんとも…。

とりあえず、本日は、3次元から4次元のお話を…って事で、
当然、そちらもどう解釈されているんだろう?って。

ついつい、外に答えを探しに行ってしまう…その代表選手だね有希は(笑)

あ…いや別にそんなの代表できても嬉しくないですよォ〜(笑)


の割には、たのしそうだね。



だって…外って、自分以外の皆とも繋がれる可能性に満ちてると思えるんです。

それは、内でも感じているのかな?


そうなんですよ。だから、後で 皆と、答え合わせも出来るでしょ?


それで、答えは、見つかったのかな?


「4次元とは、時空間だ…。」ってのは理解できるんです。
「4次元とは、異次元だ…。」ってのも在りまして…。あとですね、

「4次元とは、4つの空間が 在る事だ。」というのもあったんです。
それは、え? なに?って 思っちゃったんですよ。


次元をどう定義して見るか…という視点に立てば、
『次元』とは、様々な事象を考察する時の言葉のツール(道具)的な役割を果たす
単語としても在る事に気づく。

そう、実は、次元などというものは、どう定義するかによって、答えの変わってくる
答えのない概念だ。 
だが、共通の定義を立ててみる事で、イメージを共有するのには、
たいへん役にも立つ道具(ツール)ともなる概念だ。

「4次元とは、4つの空間が 在る事だ。」と定義すれば、
「5次元とは、5つの空間が在る事だ。」
「6次元=6つの空間、7次元=7つの空間。」
… あとは、延々とその理屈の延長が続く。

この定義を立てる時は、多次元的に幾つもの多次元空間が、
存在している各空間を識別させる時に役立つ。

例えば、実に多く存在しているパラレル空間を イメージ認識しやすい様に、
縦横奥行きのキュービックモデルに置き換えて考察する時など。

たとえば、千のパラレル空間が 存在しているとしよう。
わかりやすくモデル化する為に
ひとつの空間を、立方形のキュービックピースとして表してみよう。
縦に10の次元空間をならべ、その横に各10ずつ、
それで、100の空間のキュウビックピースを大きな四角形にまとめて
積み上げ並べた次元モデルが完成する。
後は、その奥に、残りの900のキュービックを敷き詰めて並べれば、
巨大なキュービックの完成だ。
見栄えも形良く、1000の空間が、ひとまとまりに認識しやすくなる。

26個くらいまでの空間が存在している場合であれば、
そのひとつひとつに、アルファベットで名付けていく事で、
各々の空間を固有に識別しやすくできる。

が、パラレル空間が もしも1000以上も存在すれば、
そのひとつひとつを認識するには、
次元1から次元791、次元834、次元995、
次元1001、次元37,752…
という感じでイメージしないと識別困難だね (笑)

この場合、別に多次元空間を 次元として識別しなくとも、
単純に空間として考えれば良い場合もあるし。

各々、次元が違う階層的な空間をイメージして認識するには、
縦にキュービックモデルを積み上げ、
次元1から積み上げ、次元2、次元3、次元4、 次元5、
… 次元11、… 次元275…という感じにね。

もちろん、その一個一個にその次元の特色を表す名前をつけて、
識別する方法もありだ。
しかしザット100以上もあれば、ナンバーで整理した方が、
認識しやすいし、整理しやすいし、探し出しやすい。

また、鼠が観ている生活圏の空間、あるいは、猫が観ている生活圏の空間などを
各々の次元として定義する事も可能だ。
野に生えている草花が感じている空間認識の次元。
大地にあまねく根を張っている巨木が感じている空間認識の次元。
土の中や水の中で うごめいている微生物が感じている次元。
様々な昆虫達が感じている各々の空間の次元。
様々な鳥や野生の動物達が感じている空間の次元などなど。
ましてや様々な人々おのおのが見えている視野の空間も様々な次元を持ち得ている。

一口に現実の物質空間における3次元と言ってみても、
それを認識できる視野や感知できる器官によって、
様々な次元が存在し得ている事に 気づけたかな?



だが、実際、『次元』というのは、単に空間という認識では、片付かない概念でもある。

ここでまず、純粋に、数学や物理学の見知に立っている人が語る『次元』と、
スピリチュアル(霊的)な見知から語っている『次元』には、
まず、持っている情報に違いがある事を、お互いに、認め合う所から始める必要がある。

つまりパラダイムが 違う事をお互いに、理解しておく必要がある。




はじめに、大いなる未知なる存在が、敷いた『次元』の可能性が 秘められていて、
それを、数学そして物理学的に定義として導き出された『次元』の概念があり、
スピリチュアルな見知で語られている『次元』の解釈に関しては、後天的に別解釈を
こじつけた形でイメージとして語られて来ている…という事も受け止める必要がある。

だが、ここで、大いなる未知なる存在が、敷いた『次元』の可能性が 秘められている
事に注目していくと事態は、変わっていく…。



実際の現実空間は、もっと複雑な 次元をはらんで 存在している。

有希は、今まで、現実は、何次元だと思っていたかな?

今までの スピリチュアリ情報では、3次元…だって語られていて、

そうなのか 〜 って思ってたんですけどォ。



かつて、科学の世界の住人は、霊的な世界を否定し、
理論で証明できない世界は、空想上の存在しないモノと定義した。

一方、霊的な世界の住人は、科学すなわち物質世界に縛られた魂を 救済しようと望んだ
経緯があり、今現在もその傾向を 互いに ひこずって来ている様相が 存在している。



ここで、ひとつ『次元』という言葉は、新たに、定義によって、いか様にでも世界を
イメージする道具(ツール)と成り得る…と 改めて、定義しよう。


3次元〜縦と横と奥行きの立体の世界。ここまでは、一致している。

ずばり今まで人間が、過ごして来ている現実空間。
スピリチュアルの見知に立つの人々の間では、
確かに、これまでの現実空間イコール3次元の世界なのだが… 。



 数学の見知に立つと、
4次元とは、縦と横と奥行きの立体の世界に、
過去、現在、未来の時間軸が 加わっての時空間との解釈が 成されている。

そこでは、現実空間そのモノが 時空間としての4次元の世界という理論として
成り立っている。

つまり、我々は、元々4次元に 暮らしているという話にもなる。


 だが、スピリチュアルな見地では、4次元とは、
内観的イメージに起草されるどこか異次元の空間という認識を 持ち得ている。
人々は、死後の世界も イメージし、現実の世界を『この世』
肉体の死後の世界を『あの世』と呼び分けて、その『あの世』も様々な人達によって
イメージも様々に成されて在る。

そこで考える。『この世』の次元とは、また『異なる次元』の世界だと、これをまた
さまざまなイメージで イメージに想い描いて来た。

だが、それらは、すべてイメージの情報から成る幻想でしかない。

だが、とそこで考える。イメージできるという事は、存在しているからであって、
存在し得ないものは、イメージの仕様もない…とも。そこで、その存在を信じるか
信じないか…の選択も生じる。なぜなら、イメージできないが、確かに存在する…と
感覚的に確信でき得る何かも、確かに 在るには、在るからだとも考えられたからだ。


 一方、数学、物理学で 定義されて来た4次元の世界。
過去、現在、未来の時間軸そのものも、起草される記憶による内観イメージの幻想
だという認識に至れば、どうなるだろうか?


つまり… 時空間は、頭で イメージされる幻想の世界…って事でもあるので、
やはり…異次元と同じ様に イメージされた幻想の世界…って事に
なっちゃうんでしょうか?


だが、実際は、どうかな?
今、ちょうど あなたは、時計の針の動きを見ているとしよう。
秒針が、カチカチと回っている。
今、この一瞬、秒針は、3時の位置を差した所だが、その少し過去には、
2時の位置を差していた時があった。5秒というほんの数秒の間の記憶を
あなたは、頭の中で、記憶として思い起こしている。
今この瞬間、カチっと3時の所を差した針は、現実だが、
5秒前の記憶のイメージは、既に幻想の世界だが…。

あなたは、その幻想の世界を異世界だと思うかな?
それとも、過去の記憶の世界も、確かに現実だった…と思うかな?

あるいは、2年振りに懐かしい友達と再開した。
子供の頃一緒に遊んだ記憶なども懐かしく思い出したとしよう…。
そして、その話をしてみたら、
友達も、「そうそう、それで、◯◯だったんだよね。」と想い出話をつづけてくれて、
その記憶もあなたは、思い出せて、その当時に嬉しかった事も 嬉しかったとしよう。

その子供の頃の記憶の世界は、異次元の世界かな?
それとも たしかに現実だったかな?
過去の記憶は、立体的だったかな? 
それとも、思い出せたイメージは、どんな感じで、
その時の気持ちの記憶や 一緒に思い出した 音の記憶、
匂いや 味の記憶は、どうかな?
それは、現実だったかな?
では、その時、友達と空想した作り話の世界は、どうだろう?


友達と空想した事…自体は、現実の世界の記憶…って事に。

空想した内容の作り話は、異次元の話って事で いいのかな? 




このように、『過去の記憶』…と言ってみてもその中身は、
いろいろな要素からなっている。 過去の記憶というのは、4次元的だ。
『未来についても、想い巡らしてみている。
…実際は、頭の中でイメージを想い描いているのは、現在進行形ではあるが、
現実的には、それは、幻想の世界でしかない。

だが、もう一度、よく見つめ直してみよう。
過去の記憶を思い出しているにせよ、未来について想い描いてみているにせよ、
それをしているのは、いつかな?


 今…この一瞬、一瞬、って事ですよね?

現実の…この空間に居る自分自身が…って事で、3次元の立体空間の中で… あ…、

わたくし達は、やはり4次元を生きている…って事で いいんでしょうか?


ここで、ひとつ前回の話で していた味覚は、何次元だろう?
と訊いた事を 思い出してみようか。


えーでもそんなのわかんないですよ。漠然と、五感のひとつだから、まさか5次元?
なんて安直に思ってみたりもしましたけど、シフトして5次元へ移行した地球の話って
それじゃ噛み合ないし…。

3次元地球から5次元地球へと移行するという話だね。
今は、その話は、置いておこう。
『味覚は、五感のひとつだから、5次元?』と有希は、なぜ 思ったのかな?


いえその…なんとなくパッと浮かんだというか 最初のひらめき?


五感とは、なんだね?


えっと、視覚、聴覚、臭覚、味覚、触覚、


視覚で、目に映る世界は 何次元?

現実の世界で、3次元…つまり立体の世界…。


では、聴覚の世界は、?

え?え?え? そんなのわからないですよ…聴いた事ないですし。


では、目をつぶって暗闇の状態で、耳も聞こえない状態で、
現実の世界を手探りで、
つまり触覚で 探るとしたら感じられるのは、何次元かな?


えっとォ〜 立体のデコボコとか手触りで知ろうとするわけですよね…
とすると、やっぱり触覚で感じられる…というのは、やっぱり3次元の世界って事に?


確かに、物の形を手探りで認識できるという面では、
触覚は、3次元を視覚以外で知る事のできる感覚では、あるね。
しかし、うっかり火を触ってしまったら思わず熱かった。
他に何かに触れたら冷たかった…というのは、どうだろう? それは、3次元かな?


って、言われてしまうと、混乱しますよ〜。


もっと専門的に数学、物理学に我々が存在しているこの現実世界を定義に基づいて
語るとなると、次元は、もっと複雑になる…。

スピリチュアルな見知で認識している、今 現在 我々が、存在していたと語られて来た
3次元という 現実世界は、
実際は、4次元どころか、5次元、6次元〜 11次元の超ヒモ理論に到るまで、
0次元を含め、1次元も2次元も、すべて 内包されて 存在している事になる。

数学、物理学の見知のみに立って観ると、アセンションに関して、3次元の世界から
5次元の世界にシフトする…という漠然として話は、飛んだお笑い話とイメージされて
しまう事も、スピリチュアルなイメージ世界に住んでいる住人は、
改めて、謙虚に、受け止める必要が 生じて来る。



だがしかし ここで、もう一度、語ろう…。

ひとつ『次元』という言葉は、新たに、定義によって、いか様にでも世界を

イメージする道具(ツール)と成り得る…と定義する事が 可能だという事。



 数学的には、

4次元とは、『空間が4つ存在する状態』というひとつの定義が 存在し得る。

 この場合、


正4胞体が 内包する4つの空間として表されるひとつのモデルで 表現される。
正三角の4つの面から構成される正四面体の4つの点に加えて、
その正四面体の中心点のを設ける事で、発生する4つの空間…
といった定義モデルが 存在している。
その4つの空間は、すべて正三角の4つの面で構成され、
構成している点は、5つ。
構成している辺…すなわち線の数は、10。 


その調子で、5次元とは、空間が5つ存在する…
という定義で、正5胞体の外の空間を5つめと解釈して定義可能でもあるし。
正5胞体(4次元空間)の内側に、小さな正5胞体を存在させる事で、
5次元…すなわち5つ目の空間を作り出す事も可能だ。
その場合外の世界も認識に入れるとすると、空間は、6つ存在する事となる。
しかし、この場合は、
数学的に空間が4つ存在するのを4次元とすると定義した場合の上にのみ成り立つ。



 一方で、スピリチュアルな見知から語る人々の間では、
脳内で視覚的に捉えられた情報を思い出して、再び様々なイメージとして
展開される空想…イマジネーションの世界を4次元と解釈してしまう傾向もある。


 しかし物理学の見知に立つ者から観れば、
それは、間違った解釈だと判断されている傾向が存在している。
数学者、物理学者の脳内イマジネーションでは、
『次元』は、すべてが方程式で表される概念であったりする。
その概念のみで解釈するのであれば、後天的にこじつけられた
まったく別のイメージという事になるだろう。

 それでも、スピリチュアルな見知に立つ人々の間では、既に、
4次元とは、精神世界からの情報から空想されイメージされる …あの世の世界観や
心の内側の宇宙の世界といった世界であったりもする。

つまり、脳内でイメージされるこの現実世界とは、異なる世界〜異次元が、
4次元空間だという解釈が 定着している傾向がある。

 時間の概念も、過去と未来は、脳内で記憶によって組み立てられたイメージの世界だ。

今現在というその瞬間、記憶される端から、それらの記憶は、過去となっていく。
ほんの1秒前の瞬間、ほんの0.1秒前の瞬間…、ほんの3秒前、
今しがた交わした会話は、1分前のという風にね。
それらは、イメージで組み立てられた記憶の再生による幻想の世界だ。
脳内でイメージされている幻想としての異次元…
その時間の世界バージョンというわけだ。
現実として認識している世界は、
すでに記憶から呼び起こされている記憶の世界そのもので、実は、幻想でしかない。

 だがしかし、数学者や物理学者の間では、
この現実空間こそが、物質3次元空間+時空間=4次元時空間だという
解釈も存在している。

認識の違いが、ある事をまず、お互いに認め合う所から始めよう。


わかりやすく簡単に並べておこう。

〜4次元に関する解釈〜

4次元= 空間が4つあるという数学定義

4次元= 縦、横、奥行き+時間軸= 時空間としての4次元

4次元= 現実=3次元物質世界から観て空想されるイマジネーション世界 (異次元)

     精神世界、あの世、霊的世界、空想の世界、妄想の世界

4次元?5次元?=インスピレーション、ひらめき、などがやって来る源泉の世界(ソース)

スピリチュアルの世界では、5次元は、意識の世界とも解釈されて在るね。


言葉の意味や解釈、使われ方も、時代を経て変化していく事にもう気がついているかな?
根本的には、変わらぬモノも在るが、万物は、変化していく〜というのは、
『次元』『ディメンション』という言葉に関しても言える事だと考える事にトライしてみよう。


 あと、三次元の世界に対して、スクリーンの平面上に映し出された世界、
特に、アニメーションの世界などは、2次元の世界と解釈されているね。
映画などフィルムや写真に焼き付けられた映像の世界も言ってしまえば、平面上に
映し出された世界だね。

だが、突き詰めて考えてみるとどうかな?

2次元の状態では、静止した1枚の画の状態だ。
映像が時間軸と共に動く事で、アニメーションつまり生命を吹き込まれた様に動き出す
世界を観る事ができる様になる。これは、どういう事かな?

2次元+4次元という方程式を あなたは、立てて みるかな?

アニメーションも今や3Dだと言われているね。

空想を絵に描いた何かが、モノとして 3Dプリンターで 出現し得る時代にも成った。

3次元と呼ばれている現実のこの物質世界で、あなた方は、テレビや映画のスクリーン
パソコンや モバイルの平面の画面を通して、現実に視界にある空間とは、また別の
作られた空間を観て日々を過ごしていたりする。実にユニークだとは、思わないかな?

本や雑誌や新聞などといった平面に書かれている文字を読んで、また、あなた方は、
様々な世界を頭に想い描いて過ごしていたりする。

 スピリチュアル的に言えば、
あなた方は、3次元空間に居ながら、常に、イメージした 空想の世界

つまり… 時空を含む4次元の世界を 白昼夢に観ながら過ごしている…とも言えるね。

今日の『 次元のお話3〜4次元 』は、この辺りで終えようと思うのだが、どうだろうか?


フゥ〜わたくしの方は、なんだかもうスッキリしちゃってる^^んですが、

まだなんだか モンモンとしている人も居たりするのでしょうか?

少しでも、モンモンとした何かが スッキリハッキリ晴れるといいな…等と思いつつ。

とりあえず、これで お話を終わりたいと思います。



で、次〜からなんですが。しばらく休養を 取った後、またお知らせしたいと思います。

実は、『 アセンション アテンションプリーズ!? 』

2014年5月に スタートしましたが、ちょうど1年…。

2015年5月より、タイトルも変更となり、

ブログの内容も変わっていく事となります。

ので、どうぞ よろしくなのです^^








2015年4月11日土曜日

只今〜制作中〜!

『 純粋なる創造の境地へ… 』という事で

      第1弾 ?

以前から、曲にしたいな…という事で、

トライしたいと思っていたのが あったのですが、

ようやく…ボチボチと 着手という事で、

まずは、カウントメトロノームリズムに 乗せて、覚え録り。

イメージを覚え録りしてみたらこうなった…というのを

とりあえず 制作開始のPRに 編集動画にしてみました。


曲名は、INTRODUCTION - PASYLM -






よく降って来る…という表現が 成される事が ありますが、

 今回は、

何気にメロディー等 イメージが 沸き上がって参りまして、

ええ、まさに、なんかこう… 奥深くから 沸き上がって来る様な…

うん、なんだろう? この変化は?

あと、何気に、巻き舌の練習を…みたいな事が 頭に浮かんで来まして、

ハァ?…なんで巻き舌?…なんだろうか〜と思っていたんですが、

そうか、この為だったのか…と、数日後には、納得。

『 地球 』が、ですね、ラテン語で『TERRA』なのですが。

発音を確認してみましたら、やっぱりRRAの部分が巻き舌。

ンで、ですね。とりあえず 数日〜練習〜。

※ ちょっと聴き取り辛いですが、参照:ラテン-日本語 語辞書 - Terra -  

まだ 上手く巻き舌できてないので、引き続き〜本番録りに 備えて練習です^^


 よろしかったら、皆さんも、どうぞ^^

練習はじめは、ゆっくりとで 〜 テェルルルルラ  〜を 好きなだけ繰り返します。

だんだん早くして巻いていきます。〜テェルル


 グローリア! 『 栄光あれ!』
     ↑
   ここは、巻かなくてもいい^^



     








2015年2月6日金曜日

純粋なる創造の境地へ …


神共に居まして…。

宇宙意識として在る今も、謙虚にそうした気持ちも大切にしたいと思います。

人として…。人として在るから…。

示し申す…『神』という文ン字ですが、

その申すが 干支の猿とも兼ね合いがあるのだというインスピレーションが

働いた時期が ありました。

ダーウィンの進化論から人は、猿から進化したのだという話が展開し…。

西洋でも 人は、皆 神の子だという信仰を地に貶めた時代が ありました…。

今現在、読める聖書は、ローマ時代にラテン語で 編集され、

更に英国のジョン王が 神のインスピレーションを受けて

ラテン語から英語に翻訳したモノが 世界に広がったものだという情報があります。

それとは、別に、

直接ヘブライ語から翻訳された聖書と称されたそれを広める者の団体がありましたが、

ひょんな縁で、自分が 二十歳代だった頃、その聖書をみせてもらった記憶では、

サタンの元の名が ルシファーだった様な記述が 確か在ったかと思っていたのですが…。

その同じ団体の別の人達…ついぞ2012年頃でしょうか…に、

再び その団体の聖書を見せていただく機会が ありました。

その人達と話をしてたら ルシファーって誰?って 感じだったんです。

その聖書には、その名が載っていない様でした。

そして、その名すら初めて聞くといった顔でした。

わたくしが シフトして、次元が 変わったせいなのでしょうか?

それとも、その団体で 発行されてる聖書にも改竄の歴史が あったのでしょうか?

『 光 在れ…。』

その御言葉(ロゴス)と共に、光と闇は、分たれ、そして二元性の世界…

3次元として認識されているこの現実の物質世界が 始まったという お話があります。

東洋には、また別のイメージで起草されたお話があります。

真実は、どうなのでしょう?

もはや 多次元…という認識で思考している今の私には、

真実は、一筋縄では、いかないのだ…という幾重ものルートが束となって絡まり合い…

源なる彼方 (それを彼岸と呼ぶ人もあるのだろう… )からグングン伸びていて巡り巡って

元の場所へと還っていく…というヴィジョンでしか捉える事はできません…。

つまり…何でも在りき…なのです。

ただ…『愛』ならば、どうするか?…その答えも、人が人としてそこに在るままに、

各々…出せる答えは、十人十色なのでしょう…。

ただ…『愛』ならば、どうあるか?


そして、今のわたくしは、といいますと、無邪気な子供心に帰りまして…。

新たな気持ちで、何かを作るという所と向かい合ってみています。



ものごころついた頃 … リボンの騎士に、ジャングル大帝、海のトリトンなど、

手塚治虫氏のアニメを観て育った… 私は、そんな世代でした。

マグマ大使や、鉄腕アトムもありましたね。

手塚治虫氏著書に『ガラスの地球を救え』という漫画では、ない…

執筆された本が あります。

なんとしても地球を死の星にしたくない…という氏の思いが 綴られてありました。

 その手塚治虫先生の思いが…わたくしを この次元に誘(いざな)ってくださった…のかも

しれません…。

聖書を用いて、第3次世界大戦…のシナリオを現実化したい部分が 存在している次元も

ありますが、そうは、させない…という光の宇宙勢力が いろいろと働きかけている…

といったヴィジョンも感覚として捉えていたりします。

わたくしは、といえば、インスピレーションに導かれて、自然の法に寄り添った生き方を

人々が選択して、真の愛の循環によって新たに築かれていく世界…。

食糧は、自然が自然に育ててくれている事に全ての人が気づき…。

耕して、売る為に作ろうとは、せず、

ただ、自然の恵みを人々皆が 感謝して分け合うだけで

よかったのだと… 気づき…。分け合う事のできる世界…。

土地は、すべて 地球そのものの大地と海、空も誰のモノでもない。

所有せずに共有し合う事に、全ての人が目覚めていけるように…。

国境も要らない…。ただ地域の風土に合った生き方が 在るだけ…。

バベルの塔の教訓によって乱されたと解釈される世界中の言語が お互いに

翻訳され学び合われて結びつき…おのおのの言葉や歴史の良さを世界遺産とし

尊重し合い…互いに享受し合える…という世界。

それは、どこか優れた言語が共通語として在るという事では、なく…。

各々の母国語が大事にされて、なおかつ世界中の言葉を互いに挨拶を交わし合える

もとのとして、学び合える…という世界…。

すべてが、欠けてはならない宇宙のパーツとして、大切にされないモノは、無い…

そんな世界を目指しています…。

いやだって、…体のどこかが 欠けたら痛いじゃないですか…。




 うつしよ
《  現 世 へ … 》



この動画は、自作アニメーションで、ミュージック動画を作りたいというワケで。
習作 テスト動画です。
キャラクター作成は、CILP STUDIO の3D素材を使わせて頂いてます。
フェイス画のテクスチャ等が 自作になります。
初の試みで、ひとまず テストという事で、
目のパーツ4×口の動きパーツ6=24パターンのコマの組み合わせ2D画を
書き出し、iMovie 直接ほうり込んで 編集してみました。(使わなかったパターンもあります。)
書き出し時の微妙なズレが出てしまいちょっとカクカクしてしまいました
本番は、ちゃんとしたアニメーション編集ソフトを使って編集しようと思って
いますので、もう少し なんとかなると 思います^^
『現世(うつしよ)へ』は、5次元の理想郷地球の青写真(ブループリント) 現実へと
投影していく奉納舞いの曲として、現在~作曲中~
昨年、唄の部分を覚え録りで録音したのをそのまま今回のテスト版に使用。
本番作は、雅楽的なイメージで。→ (未来的な?天界的な?)
全身入りで、2体のフィギアを使ってアニメーション制作する予定です。

2015年1月20日火曜日

2012年に世界の片隅で 既に試みは、始まっています^^



本日、ご紹介するのは、ギフト経済というひとつの試みの姿です。

2012年には、既にもう始まっていました。

ようやく私たち日本に住む人々の目にも翻訳されて、視える様になって参りました。

…そんな所です。

わたくしも、あるプロジェクトに参加中です。

それは一見、まだ個人レベルで 大した力のない 頼りなくもみえるプロジェクトかも

しれません。ですが、その個人個人の か細い力が、どんどん集結して行き…

やがて 太い束となって 夢の波紋となり 大きな光となって 広がって行く事でしょう…。



『 与えれば、与えられる…。』

すべての人々が、各々、自分にできる事、したい事を 無理なく〜したい様に…。

  〜 与える事の循環 〜

一人一人、個性があり、意味が 在ります。

赤ちゃんは、笑顔を… なんとすばらしいギフトでしょう^^


すべての人が 互いに与え合えば、

やがて すべてが すべての人々に 与えられる日が やって来ます。

 〜 与える合う事 の循環 〜



《 ギフト経済 :カルマキッチン レストラン 》





    

2015年1月11日日曜日

新感触体験ゾーン!


どんどん自身を取り巻く環境が ステージアップしていってる感満載です!

なにげに スプレーアートに入門中〜!?


『 アセンション アテンションプレーズ!? 』の執筆の方は、現在ストップ中

といいますか、どんどん執筆する必要性が 無くなりつつあるといいますか…

わたくし自身???だった部分を綴り出してみる事で、自身の内でも

ハッキリスッキリして来ましたわけですけれども…

大なり小なりすべての存在は、いずれ戻る所へ還っていくのだという安心感を得て、

おのおの の ペースで 各々に合った道を 辿って行くのだという事 …


で、気づきは、何に対して 恐れや不安を頂くのか…をつぶさに学んでいく事で…

本当に望む世界を創造していく力へと個々が目覚めていくプロセスを楽しむ…

という事。

   あとは、『愛』の 循環ですね。

今は、まだまだ 交換 条件付き…の元、

ありとあらゆるモノが 何かと交換…の文化で 成り立っていたりします。

その条件を付ける事から卒業し、交換する事、対価を求める事から卒業し、

互いに、与える事で…。すべての人が、与え合う事で、すべてが 与えられる世界へと

移行していくプロセスへと、あなたは、一歩… 踏み出せるでしょうか?

わたしは、もう既に、そのプロセスヘと一歩 踏み出し、滑走し出し、

やがてテイクオフ! 飛翔… 滑 空 体勢へと入る事でしょう。

             空の彼方で、

              待っています!


 




で、

改めて新たなペイントツールに チャレンジ…。

ミュージックビデオ制作に かかっております^^v


CILP STUDIOというペイントソフトの只今〜フリー体験版〜体験中^^



2015年1月1日木曜日

突入2015年!


 新年 あけまして おめでとうございます。

これは、橋ノ本 有希としての わたくしからのご挨拶^^


わたくしの内なる彼方からは、さぁ正念場だ… 気を引き締めて行こう…。

そんな、心の彼方からの静かなるの声…。         ( Oh〜移行!!)

昨年は、『次元のお話 3次元〜4次元』の執筆が 途中でストップした状態でした。


よく、『5次元の地球』と語られていたりしますが、

わたくしの意識の彼方で 観ているその美しい姿と素晴らしい世界のヴィジョン…。

そのブループリント(青写真)を現実のモノとして いかに投影していくのか?

…というのが、わたくしの一つの課題として感じられていました。

その為の作業といいますか、模索といいますか…。

昨年は、そちらの課題の為の… 実に 現実的な、地味な勉強を始め出しておりました。

そして、その学びを通して、

あるプロジェクトを立ち上げた 仲間達との怒濤の様な出会いが ありました^^v


 キーワードのひとつが『自然農法』。

そして、『無償の愛、無条件の愛による循環』→ 結果『お金の存在しない世界』

 まさにユートピアとしての地球に暮らす人々の姿がそこに在り…

宇宙の彼方より祝福の眼差しで見守られている私達が そこに居ります…



今現在は、まだ… あたかもすべてが お金を交換する為の道具として生かされ

万事が 売り買いで 成り立っているかの様な 世界となっております。


そこで、これからは、問われていく事となるでしょう…。

わたくし達 ひとりひとりが…

『無償の愛、無条件の愛』を示し… その循環が 起こらなければ、

いつまでたっても現状から抜け出せない…という事になります。


お金は、確かに便利な道具ではありましたが、分離意識の為の道具でもありました。

売り買いをする以上…分離し続ける事になるのです。その流れは、偏りを生みます。

その事に気づく必要があります。


例えば 自然農法…。

すべての人が、福岡正信 翁 の様に自然にお任せ式で、

これまで自分の為に所有していた土地をすべての人の糧の為に開放する事が出来れば、

未来の地球の風景は、まさに自然の楽園へと成っていく事でしょう…。

自然は、時の始まりより既に、すべてを無償で 与てくれていた事を思い出しましょう…。

ただ私達人間は、互いにその恵みを分ち合えば よかったのです。


物と物を交換する…その発想が 決していけなかったわけではありません。

スムーズに交換できる便利な道具として、お金は、発想され 作られたかもしれません。

ですが、その道具を得る事が、目的に成りがちになります。

あなたがそうでなくても、別の部分が、より多く交換する為に、より多くを得る事を

画策し、結果、大なり小なり、お金による支配意識を 生み出します。

食糧がすべての人に平等に行き渡っている世界では、支配できません。

どこかで 不足させないと、売れません。また数に限りがなければ、高く売れません。

その為に、豊作であっても、せっかくの作物を腐らせ、貧困状態を作り出すのです。

その仕組みに気づく必要が あります。


もしも、すべての人が、福岡正信 翁 の様に自然にお任せ式で、

これまで自分の為に所有していた土地すべての人の糧の為に開放する事が出来れば、

未来の地球の風景は、まさに自然の楽園へと成っていく事でしょう…。

そして新しい文明の人々は、自然と寄り添った中で、

より高度な技術で 駆使された生活空間を満喫する事となるでしょう…。

コストや利権による制限は無くなり、

知的財産など 秘密裏にされていた為に、重複してしまっていた研究が、

情報の共有や 互いの歩み寄りで1本化され、無駄な浪費も無くなる為、

ありとあらゆる技術は、爆発的により進化を早める事となります。

それ等は、環境問題をクリアし、

すべての人々のニーズを満たす空間をおのおの作り出す事となるでしょう…。


不食… 食べない事を選んだ人々も、ナチュラルなパワーに、より生命力に満ち溢れた

プラーナの中で 生きられる事となるでしょう…。


自然は、時の始まりより既に、すべてを無償で 与てくれていた事を思い出しましょう…。

ただ私達人間は、互いにその恵みを分ち合えば よいのです。

そう、すべての人が! 何事も 売り買いする必要は、無い事に…気づく必要が あります^^